由緒

社名 鹿嶋神社
鎮座 茨城県日立市鹿島町2丁目152番地
御祭神 武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)
神紋 左三つ巴
御事歴 国譲りの神話から、助川の地へ
御祭神の武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)は、出雲の国譲りを果たし、日本建国の基礎をつくられた神様です。鹿島(鹿嶋市)を基点に東国を開かれ、その御分霊は全国二千社、日立市には八社におよびます。当神社は、大同四年(八〇九年)九月十五日に本宮・鹿島神宮より御分霊を勧請したと伝えられます。鎮座する「助川」の地名は、『常陸風土記』に由来します。かつてこの地域の川(現在の宮田川)では鮭が豊富に獲れ、当時の人々が親鮭を「すけ」と呼んでいたことから後に「助川」と改められ、自然と神恩に恵まれたこの地で、今も地域の平穏を見守り続けています。

助川海防城の守護、そして戦禍からの復興
天保七年(一八三六年)、水戸藩家老・山野邊義観公が「助川海防城」を築城する際、当神社を守護神として地鎮祭を斎行。水戸藩主(徳川光圀公または綱條公)より「四神旗(ししんき)」が奉献されたと伝わるなど、水戸徳川家からも厚い崇敬を受けました。昭和二十年、大戦時の艦砲射撃により社殿が全壊焼失するという悲劇に見舞われましたが、氏子崇敬者の熱意により昭和三十六年に社殿と社務所が復興竣工。御神幸が盛大に斎行され、その瑞々しい生命力は現在へと受け継がれています。

災難を避け、笑顔を運ぶの社
当神社は、人々に笑顔と福をもたらす「笑福の社」として、地域に深く信仰されてまいりました。またこの地域に縁の深い「鮭(さケ)」は、その力強い遡上にあやかり皆様の「難を避ける(サケる)」御神徳があると信仰を集めております。度重なる苦難を乗り越え、地域の暮らしを優しく見守る。一歩境内へ足を踏み入れれば、清々しい風が皆様に笑顔と福を運びます。

歴史

大同4年(809年)9月15日 鹿島神宮より御分霊を勧請。(詳しい創立は不詳)
天保7年(1837年) 水戸藩家老山野邊義観助川城築城の際(陣屋)当神社を守護神として地鎮祭を執行する。
明治41年9月15日 神饌幣帛料供進の一神社に指定される。
昭和11年 社殿を造営。
昭和20年 空襲により社殿焼失。
昭和36年 鈴縫工業株式会社により現在の社殿を再建。
平成23年3月11日 東日本大震災により二の鳥居倒壊。同年10月に二の鳥居を再建。
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